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ANIMAGE4月号「千と千尋の神隠し」特集

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●「千と千尋の神隠し」は、もうひとつの「となりのトトロなのか?」

アニメージュの今月の特集は、彼らの視点からの考察がとても嬉しいものです。さっと一読した段階ですが、その内容に少なからず共鳴するものも多くありました。

「引っ越し」から始まる2つの物語と題して、この最新作の封印を開こうとしています。とても魅力ある内容になっていますので、どうぞご覧になって下さい。そして、みなさまのご感想ご意見などをか「千尋掲示板」などにお聞せ頂ければと希望します。

●【初頁解説】  宮崎駿監督の新作「千と千尋の神隠し」の特報を観ると、「となりのトトロ」を彷彿とさせるいくつかの類似点が見える。その類似点に隠されたものは何か。検証した。

  すでに特報をご覧になった方はお気づきかと思うが、「千と千尋の神隠し」は引っ越しの場面からはじまる。そこからして「となりのトトロ」(88年)と類似している。しかしよく思い出してもらいたい。「となりのトトロ」では、引っ越すということに、主人公である姉妹・サツキとメイはワクワクし、新しい土地でこれからどんなことが起こるのかと目をキラキラさせていた。ところが、今回の千尋はどうしたことだろう。引っ越すことに、何の喜びも感じていない様子がうかがえる。左ぺージのカットを見ても、引っ越し先に向かう車の中で千尋がブーたれていることは一目瞭然だ。

  同じ「引っ越し」というシチュエーションからはじまっているにもかかわらず、この2作品の冒頭から受ける印象はなぜこうも違うのか。ブロデューサーの鈴木敏夫さんも、「これまで宮崎駿は健気で、一途で、一生懸命な、いわば理想の子供を主人公に映画を作り続けてきたが、今回の千尋は、そういう子供とは180度違う」と言い切っている。それはなぜか―――。鈴木プロデューサーは「時代」の一つの流れを考えた時に、これまで宮崎監督が描いてきたような前向きな子供ばかりを描いてはいられなくなったからではないかという。それは今や、宮崎監督が描き続けてきた明るく、元気で、前向きで、健気さと一途さを持ち、一生懸命に生きる子供が、もう完全な理想でしかなくなってしまったことの表れなのかもしれない。

  「時代」の流れ、変化。そうしたものを頭に入れて注意深く「となりトトロ」と「千と千尋の神隠し」の冒頭部分を見比べると、他にもシチュエーションが似ているのに全く印象が違う点が目につく。例えば食事をしているシーン。「となりのトトロ」では、お母さんこそ病気で食卓に姿が見えないが、お父さんとサツキとメイの3人が楽しげに会話をしながら一家団欒を思わせる雰囲気で食事をしている。しかも食べている料理などは非常につましい印象を受ける。でもそこには確かに家族でいることの幸せが見てとれる。ところが一方の千尋の家族はどうだろう。家族3人で異世界に迷い込み、美味しそうな料理がズラーッと並ぶ店を見つけると、千尋の両親は千尋のことなどそっちのけでただむさぼり食べることに熱中してしまう。  これは現代という時代があまりにも豊かになりすぎて、逆に、誰もが餓鬼の心になってしまっている表れのようにも思える。そこには家族の幸せなどどこにもない。千尋が、これまでの宮崎監督作品の理想の子供からかけばなれたキャラクターとして描かれた原因は、案外こうした大人たちの変化にあるのかもしれない。宮崎監督が、「千と千尋の神隠し」をあえて「となりのトトロ」と同じシチュエーションで描きはじめた理由は、そんな心の貧しい時代になってしまった現実をきちんと見据えたかったからなのかもしれない。
●「となり卜卜口」と同じ引っ越しからはじまる「千と千尋の神隠し上だが上の2点をよく見比べてもらいたい13年前、「となりのトトロ」では生き生きとした表情で引っ越すということに心はずませていたサツキとメイと、今回の主人公・千尋のプーたれた表晴を。そこには大きく変わってしまった子供の姿が見える
●変わってしまったのは子供ばかりではない。大人もま た豊かになった生活の中で、自分の欲求を満たすことに 一生懸命になっているようにみえる。それは「となり卜 トロ」と「千と千尋の神隠し」に登場する食べるシーン て如実に表れている。物や食べ物が豊かになった分、人 は家族といる幸せをどこから忘れてしまったのだろうか
●「となりのトトロ」のサツキやメイの家族と、この新作の千尋の家族では、心の豊かさ の違いが目に止まる。サツキとメイは、トトロというもののけと純粋な心て接していたが、 千尋の場合、神を象ったような石像に対して異質なものに対する恐れととまどいが伺える
【フォーラムより】

いかがですか?あながち否定できないどころか、確かにと言えるところですね。はたして、宮崎監督の意図するところはいずれにあるのでしょうね。アニメージュの考察をたっぷり読まれながらも、ついサツキとメイのあの愛くるしいシーンが数多く読みがえった方も多いものかと思います。

もちろん、「トトロ」に関してだけでも結構ですが、せっかくの比較なので、印象深かったところや胸に焼きついた懐かしいシーンから、「千と千尋の神隠し」にも是非こう言ったものはあってほしいなどのご意見や、「千尋」には、あらたにこう言ったものもほしいなどご要望をどしどし「千尋掲示板」などにお書き下さい。

  

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