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【神隠し前夜】

[前章] [本編] 【考察】

 [物語]・[音楽] レシプロ


【前章】 

 
クツが、流れてゆく。
穏やかな日差しがキラめかせる水面を、小さなクツが流れてゆく。
 
 


【本編 】

 

「千尋ー!!どこだー!!」
そんな呼びかけが聞こえたような気がした。
どこまでも青い空は、それでも静かだった。

草花のゆれる川辺で、流れてゆくクツを見つめている少女がいる。
幼い少女。

大きくうねった川の水が、前の日までの嵐のヒドさを物語っていた。
いつもと違う、恐ろしい自然の一面が顔をのぞかせている。
それでも少女は思った。

『クツ、拾わなきゃ』



大切なものが遠ざかる、体の一部を失うような不安感に襲われた少女は、
恐る恐るその細い足を川の中へ潜らせていった。
一瞬、天地が逆転するかのような衝撃が体を襲う。
予想以上に水圧は凄まじく、手足はちぎれ飛んでしまいそうだ。

息が出来ない。
くるしい、誰か、誰か助けて・・・・!!
「いやぁぁっ!!」

そこは、千尋の部屋だった。
「・・・夢?」
ふぅ、と息をはいて千尋はベッドを抜け出た。
まだ少し速い動悸をしずめるようにカーテンを開ける。

紫がかった夕暮れ時の光が斜めに部屋へと差し込む。
6時くらいだろうか?時計を見るともう7時を少し回っていた。夏の日は長い。

「いつの間に寝てたんだろう」
クラスメートからの寄せ書きをベッドの上で読んでいるうちに、
いつのまにか眠ってしまっていた。

「それにしても、イヤな夢。きっと疲れてるのね。
 ・・・でも、なんでだろう。少し懐かしいような。・・・気のせいか」


「千尋、起きてるの?ご飯できてるわよ。」
一階からの声にはっとする。
「今行くー」

なんとなく腑に落ちないものを感じながら、千尋は部屋を後にした。        
                   
「先に食べてたわよ。千尋寝てるんだもの」 「うん」
「元気がないなぁ、ほら、食べな食べな。」  「・・・うん」

人の気持ちも知らないで!と思いながらのっそりと箸をつける。
こういうとき、親も悪気があってしているわけではないのだが、
子の気持ちを察していないことが多かったりする。千尋の両親しかり。
仲良しの友達とお別れしなきゃいけないのに、そんな元気でいられないわ!

「どうした、おなかでも痛いのか?」
やっぱりね。
千尋は半ばあきれたようにため息をついた。もちろん、気づかれないように。
しかし、この両親よく食べる。黙々とがっつく姿はまるで・・・
「お父さんもお母さんも、そんなに食べたらブタになっちゃうよ」
耐えかねて千尋がボソリ、と言う。

「口の悪い子ね」
地獄耳も親の必須アイテムだったっけ。
「そんなこと言ってると神様におこられちゃうぞ」

「神様なんていないもん」
「おや、千尋は神様信じてないのかい?」
「だって、この間、引越ししなくなりますようにってお祈りしたのに、かなえてくれなかったもん」
そういってむくれる千尋に、二人は目を丸くして向き合ったかと思うと突然笑い出した。


「はっはっは、そりゃあ、引越しは悪いことじゃないからさ。それに・・・」

「それに?」
「神様だっていそがしいんだよ、きっと」
「でも日本にはたくさん神様がいるって聞いたよ」

「おっ、物知りだなぁ千尋は。そのとうり、この国には八百万の神様がいるんだよ、
 だからもしかしたらそのうち、そのお願いの代わりに何かかなえてくれるかもね」

「なにかって?」
「そうだなぁ、神様と二泊三日の温泉旅行っていうのはどうだ?」

「なにそれ?」
「あなた、銭湯よ」
「ああ、そうだっけ」
「・・・何の話?」

「引越し先に大きい銭湯があるんだって。そこにね、行こうかって話」
「ふ〜ん」

ふと夢のことを思い出した千尋はそれとなく聞いてみた。
「ねえ、むかしさぁ、わたし川で溺れたことなんて・・・無いよね」

それには二人とも驚いたようで箸か止まった。
「突然どうしたんだい?しかし、すごいなぁあんなにむかしのこと覚えてるなんて」


「え!?」
「どこだったかしら、あなた、大雨の次の日に川に出かけるんだもの」
「コハク川だったっけ?あの時は心臓が止まるかと思ったよ。本当によかった、助かって」

「お父さんが、助けてくれたの?」

「あ、いや・・・実は違うんだ。川岸に倒れているところを見つけたんだよ。
そうそう、あの時すごく不思議に思ったんだ。流れがすごくて大人でも助けに
入れないくらいだったのに浅瀬の流れが穏やかなところに流れ着いていたんだよ。
普通、水の流れって言うのは・・・」

千尋は困惑していた。
まさか、本当にそんなことがあったなんて。何でまた今ごろになってその夢なんか・・・。
「そんな昔話いいじゃないの、助かったんだから。それこそ神様が助けてくれたんでしょう」
「ああ、そうだな。はっはっは」

そればっかり。
さてと、と千尋は席を立った。
「ごちそうさま」

「千尋」
「なに?もう食べないよ」
「違うわよ、Tシャツ洗っといたから持って行きなさい」

「え〜。いいよぉ、二本線の着てくから」
「あれ伸びちゃってるじゃないの、一本線も二本線も変わらないでしょう。同じ緑色なんだし」

「でもなぁ、・・・う〜ん。わかった、それにする」
よれよれのシャツをクラスメイトの男の子にバカにされたのを思い出して
千尋は新しい方を選らんだ。まぁ確かにたいした違いは無いのだが・・・。
あわただしく明日の用意を済ませ、千尋はふたたびベッドへ潜り込んだ。
今度はいい夢が見れますように・・・。
静かに夜は更けていった。


明くる日、車の中。
後部座席に倦怠したように横になっている少女。
頼りなさ気だが、何かを秘めているようにも見える少女、千尋だ。

いつしか都会の町並みは消え、緑豊かな山々も現れ始めていた。
千尋は朝もらった花束をその手に握り締め、なんとなく友達のことを考えたりしていた。
これから起こることに関心は無く、ただその小さな体を車のゆれに任せるばかりの
千尋の耳に、父親の言葉が投げかけられる。
この瞬間、物語は動き出したのだ。

「千尋」
「千尋、もうすぐだよ」




 

神隠し「前夜」(完) 

千と千尋の神隠しへ・・・

 
 


【考 察】

 
 
 
   

 


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