
【 白い想い 】
[物語]イウナ |
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著者作品紹介 【古の記憶】
| 【前章】 | |
| ―――私はここでどれほど働いていたのであろうか? 何故ここまで一生懸命になって働く必要があるのか? そんなことは今まで考えたことはなかった…。 いや、考える必要がなかったのだ。 魔法のために湯婆婆の所に来てわざわざ働いている、理由などそれだけで良かった。 失った名前も思い出せなかった、いや思い出したくなかったのかもしれない。 しかし、一人の女性…いや、女の子が私を変えてくれた。 彼女は決して強くはなかった。魔法も使えないただのか弱い人間だった。 みるからに細い手足、かといって良すぎることのない性格。 そんな彼女がこの『油屋』とともに私を変えたのだ…。 私の全てを…。 もう一度…、もう一度だけで良い…。 彼女に会いたい…。 |
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| 【1 】 | |
| ―――あれ…?ここどこだ?私の部屋じゃない…。 でも、この風景…見たことある…思い出せない…どこだっけ…? 見覚えのある草原に彼女は一人立っていた。 辺りは暗く霧が出ていてとおくまで見通せない。 何も聞こえず何も見えない場所だったが不思議と彼女は恐くなかった。 むしろ安心していたのだった。 しかし、ここがどここなのかは思い出せないのである。 ―――どこだっけ…?あ〜思い出せないや。う〜ん…。 あれ…何か聞こえる…? 霧の向こう側、遠くで何か雄叫びのような音が聞こえた。 その声は寂しく、彼女に何かを訴えているような音だった。 ―――呼んでる…?私を…?誰…?わかんないよ…? 寂しいの…?こっちにおいでよ…。 音は止んだ。同時に彼女は何かを感じた。 ―――近づいてくる…でもなんだかあったかい…優しい… この感じ…私をいつも安心にしてくれる…似てる…私の好きな感じに… その何かに彼女はふと心の奥に仕舞っていた男性の名前を口に出した。 ――――――――――ハク…?――――――――――― そこで夢は途切れた。 無機質な目覚まし音と共に彼女はベットから落ちてしまったのだった… |
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| 【2】 | |
| まだ眠気が司会を奪っていた。 もうろうとする意識の中、彼女は目覚ましを止め、今の時刻を見た。 それは彼女がいつも起きる時間帯より30分も早かった。 ―――夢…か。…痛い…。 無理もない。ベッドから落ちたのだから。 しかし、夢のことは鮮明に覚えていた。 まるでそこにいたのかのように。 あれは本当に夢なのか?それとも過去の出来事なのか? 考え込んでも目向けが襲ってくる。 彼女はもう一度ベッドに戻った。 落ちたまくらとシーツを戻して。 |
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| 【3】 | |
| 「千尋ー!起きなさい!学校に遅れるわよ!」 扉の向こうから聞きなれたの声が聞こえる。 「…は〜い…」 のそのそとベッドから出る千尋。 部屋はさっき起きた時よりも明るく、 窓からはカーテン越しに日光が注ぎ込んでいた。 「早くしなさい!遅れるわよ!」 「わかってるよ〜…」 まだ半ば寝ぼけている千尋、 着替えようとクローゼットの中にある自分の服を取り出し着替える。 着替えている最中でもまだ目は半開き、相当眠い様だ。 それよりきにかかることは夢だった。 何故あれほど鮮明に覚えているのか? 夢の場所はどこなのか? あの雄叫びの主は? 引っかかることで一杯だった。 「千尋!いい加減に早くしなさい!」 「は、はーい!」 早く手を動かし着替えを済まし、居間におりる千尋。 「おはよう、千尋」 「おはよう父さん、母さん。」 「まだ眠いの?」 食事を運んできた母の目が千尋に向く。 「ううん、大丈夫。」 「さ、食べなさい。前みたいに遅刻するわよ。」 「うん…。」 「どうした?しんどいのか?学校休むか?」 食事を止め心配そうに千尋を見つめる父。よっぽど娘が可愛いのだろう。 「ううん…大丈夫。」 そういってパンをかじる千尋。 「なら、良いんだけど。」 「もういい。ごちそうさま。」 「お、おい!千尋!パン1枚で大丈夫なのか?」 「大丈夫よお父さん!この前この子が遅刻した時なんか 何も食べずに走っていったんだから!。」 「そ…そうか…。」 「じゃ、行ってくるね。」 そう言って家を出て学校に向かう千尋。 やはり夢のことが気になるようであった。 ―――あの雄叫び…どこかで聞いたことあるなぁ… ―――まさか… ハク? まさか…ね…。 ずっと心の奥に仕舞っておいた愛しい男子の名前。 なんだか妙に懐かしく少し寂しくもあった。 |
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| 【4】 | |
| 「湯婆婆様。」 「ハクかい?入りな。開いとるよ。」 湯屋『油屋』の最上階。 大きな魔法で閉められた門を開け奥に入ろうとするおかっぱ頭の青年。 顔立ちはりりしく、肌も白く、まさに美しいという言葉の似合う青年だった。 青年はゆっくりと急ぐことなく奥に進んで行く。 そして一つの個室にたどり着いた。 「なんか用かい?ハク、私は忙しいんだ。」 「…私を…千尋の世界に行かせてはもらえませぬか?」 その言葉に反応する湯婆婆。 「あんた…その言葉が何を意味するのかわかっているのかい?」 「私は名前も思い出しました。それに、もうここに来てかなり働いています。 私を千尋の世界に行かせてください。」 ペコリとお辞儀をするハク。 その口調は焦らず、そして冷静に、魔女の言動に動揺すら見せなかった。 「…確かにあんたは私のためにかなり働いてくれたねぇ… 名前も思い出したし、私の魔法もそろそろ解けても良い頃だ…。」 「そ、それなら!」 「いや、駄目だ。」 その言葉に一瞬肩の力を失うハク。 しかし、すぐ我を取り戻し湯婆婆に抗議した。 「お願いです!私を、私を千尋の世界に!」 「…話は最後までお聞き。あんたが千尋と中が良いことくらい解ってるんだ。 しかし、それだけの理由で行かす訳には行かない。あんたは確かに働いた、 私の命令もこなした。でもね、大切なことを忘れてるよ。」 「…それは…、それは一体?」 「それは言わないよ、私は。良いかい?よくおきき。今から私が言う所に行って、 神腎草というとても高価な薬草を採ってきな。」 「それをこなせば、私を千尋の世界に!」 「話は最後までお聞きと言っただろう!」 湯婆婆は髪が逆立つほどハクに怒った。 今までとは違うなぜか優しい意味の怒りだった。 「良いかい今から言う薬草を採っておいで。神腎草っていう高価な薬草だからね!」 「え…その薬草の場所は?」 「知らないよ、銭婆の所にでも行っておきき。あの婆さんは暇なんだからね。」 「はい!わかりました。」 私は千尋に会えるんだ!そう思えたハクは急いで訳そうを取りに行こうと思った。 そんなハクを見てシンパ位相に見つめる湯婆婆。 ―――ハク…あんたは大切な物を忘れているよ…。 |
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| 【5】 | |
| 「行ってきまーす!」 ランドセルを背負い、明るく家族に別れを告げる千尋。 転校してきた時には学校に行きたくないとわめいていたこともあった彼女だが、 今となっては新しい友達も作り、元気に学校生活を楽しんでいる。 『千尋〜!おはよ〜!』 「あ、おはよ〜。」 学校へ行く途中クラスメートに会う千尋。 軽く挨拶を交わしたその後、二人の会話が始まった。 『ねぇ千尋。算数の宿題やった?』 「一応やったよ。でも難しかったな〜、ほとんどお母さんに聞いたよ。美穂(ミホ)は?」 「私はお姉ちゃんにほとんど聞いた! 大体さ〜、あんなに難しい問題を出す先生も先生だよね〜。 ところでさぁ、今日ね、午後からすっごい雨が降るらしいよ。」 「え!こんなに良い天気なのに?」 そういえば美穂が今日図工で使う絵の具セットと同じ手に傘を握り締めていた。 「うそ〜。なんで?こんなに良い天気なのに・・・。」 「だよね〜。」 不安草に空を見上げる千尋。空似は雲一つなくとても青々とした澄み切った空だった。 ―――雨なんて聞いてないよ〜…。 そして、その日の午後が来た。 その時間帯はちょうど5時間目だった。 5時間目の授業は算数。 千尋は算数が苦手だった、というより嫌いだった。 供託では先生がなにやら数字を書いて必死に説明している。 それも千尋にはチンプンカンプンだった。 ―――算数嫌だ〜、早く終わってよ〜…。 授業中に寝る訳にも行かないし、かといって ひたすら真面目にうけると先生に頻繁に当てられる、こんな空気が苦痛だった。 ―――ああ〜嫌だ〜、早く終わらないかな〜。 そう思い気を紛らわすために窓を見た。 やはり外はキレイな青空だった。 ―――やっぱ天気良いじゃん…美穂のウソツキ…。 そう思った時だった。 急にキツイ風が吹いてきた。 窓を開けていたため、窓際の席の千尋の机の上の物がすべて床に落ちた。 「うわ!スゴイ風…」 落ちた物を拾いながらビックリする千尋。 途端に空を雲が覆い尽くした。 澄み切った青砥は正反対の灰色の雷雲。 ―――ウソ…本当に雨? 灰色の雲から放射線状に雨が降ってきた。 雨が降ってもまだ風邪は止まない。 千尋は窓を閉め雨の進入を防ぎ、風の妨害を阻止した。 それでも窓は風でガタガタ揺れ、雨でビショビショにされていた。 ―――どうしよう…傘持ってきてない。 またハクのいる世界もまた同じくらい厳しい雨だった。 |
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| 【6】 | |
| ―――…雨か…。 灰色の雲が無数の滴を吐いていた。 そんなヒドイ雨の中、白いうろこを身に纏った竜が優雅に飛んでいた。 時折頭上で轟く雷光さえも気にせずに。 ―――沼の底まで後少しだな。 神腎草入手の手がかりを唯一握っている銭婆に会いに行くハク。 その草さえあれば自分は千尋のいる世界に帰れる、そして千尋に会える。 そのためだったら多少の辛いことは成し遂げるつもりだった。 ―――…会いたい千尋…私は、お前に…今すぐにでも会いたい… 逸る気持ちを抑え、自分の出せる一番速いスピードで銭婆のところまで向かった。 沼の底についた時にもまだ編めは降っていた、いや、余計にひどくなったのだ。 ハクは竜から人間の姿に戻り、雨を魔法の力で自分にかからない様にし、銭婆の家に向かった。 ハクが向かっている一件の家。その家では年老いた魔女と奇妙な面を付けた男がいた。 「カオナシや、窓を閉めとくれ。風がきつくて仕事がまともに出来ないよ。」 カオナシと呼ばれた男、コックリとうなずいて窓に向かった。 風がきつくて閉めるのに手間取ったが、きちんと鍵を閉め、魔女の元へ戻った。 「あ…あ……。」 「はい、ありがとうね。」 ありがとうと言う言葉に少し照れるカオナシ、 ありがとう、自分の必要性が実感できる彼にとって一番好きな言葉。 与えるだけの必要ではなく、存在としての必要がそこにはあったのだ。 「ん…?カオナシや。誰か来たようだ。ちょっと見てきておくれ。はい、傘だよ。」 「あ…あ……」 傘を受け取りノソノソと歩くカオナシ。 扉を開け、傘をさし客人の存在を確認しようと外に出た。 正面からはこっちに歩いてくる青年。 見たことがある…自分が油屋にいた頃の千といた青年…。 名前…覚えていない…。 「あ…?あ…あ…。」 客人を招くように扉を開け待っているカオナシ。 扉の前まで青年が来た時、ようやく青年が口を開けた。 「すまないな、出迎えてくれたのか。ありがたい。ところで銭婆様は?御在宅か?」 するとカオナシは部屋の奥を指差した。 「あ…ああ…」 「そうか。」 そう言って部屋に入る青年。 青年の顔を見て仕事を中断し、微笑んで彼を迎える魔女。 「おやおや、どうしたんだいハク?また判子でも盗みに来たかい?」 「銭婆様…そのことはもう…。」 「はっはっは!冗談さ。どうしたんだい?何かこの年老いた魔女に聞きたいことでも?」 その言葉を聞いたハクの顔が強張った。 「はい、銭婆様に尋ねたいことがあります。神腎草と言う薬草をご存知ですか?」 「神腎草?あっはっは!あんま伝説上の薬草を探すってのかい!どうしたんだい?ハクや!」 「で、伝説?」 まさか!湯婆婆は自分の直向きな想いを弄んだと言うのか? もしそうならば…許せない…! 「おやおや、まさか本当にあると思ったのかい?あんななんでも治るって言う薬草をさ。」 「伝説…そんな…。」 怒りと悲しみと自分に対する情けなさに握りこぶしを作るハク、 その目には怒りと悲しみの涙が浮かんでいた。 「そんな…伝説なんて…千尋に会えないのか…。」 悲しむハクの口から出た千尋と言う言葉。 その言葉に敏感に反応する銭婆。 「千尋…?あの人間の子かい…。なんだい?あんた神腎草が本気で必要なのかい?」 黙ったままコクリと頷くハク。銭婆は察知したのだ、 湯婆婆がこの子に神腎草を無理矢理採りに行かせる訳ではなく、 自分自身の為に、きっと千尋…あの人間の女の子に会うために必要なのだろう、 もしそうならば本当のことを言わなければならない、 しかし神腎草を採りに行くということはまだ若いハクには危険過ぎたのだ、 それを解っていた銭婆はハクへの返答に戸惑った。 「ハク…本気で、神腎草を採りに行くんだね…。良いだろう…場所を教えてあげよう。」 下を向いていたハクの顔が一瞬明るくなった。「伝説では…?」 「…あんたがどういう事情であの薬草を採りに行くかが解らなかったんだよ。 またあの強欲魔女の危険なお使いかもしれないと思ったからさ。 しかし、事情が事情だ。教えてあげるよ。」 「ほ、本当ですか!?」 半ば諦めかけてたハクの顔に光が戻った。 しかし、銭婆はとても険しい顔をしていた。 「ハク…覚悟は出来ているね。」 雨はまだ風や雷と共に外をきままに暴れまわっていた。 |
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| 【7】 | |
『おーい!全員前を向けー!』 教卓から先生の声が教室に響く。 『風はきついがまだ暴風警報は出ていない。、 だから外ばかり見ていないで今は授業に集中しろ〜!良いか〜』 先生は言い終わった後、風が窓を叩く音さえ気にせず授業を続けた。 ―――あ〜ん、なんで嫌な授業の時に雨が降ってくるのよ〜。 傘も持ってきてないし…今日の運はサイテーよ!もう! 千尋は床に落ちた教科書などを拾い上げた。 しかし、やはり授業に集中できない。 なぜか気になるのだ、窓の向こうのどしゃ降りの雨が。 風が窓を叩いている。雷が空を縦横無尽に駆け回っている。 雨がアスファルトの地面を叩きつけている。 たったそれだけなのに…。 ―――嫌だな〜。帰る時お母さんに傘持って来てもらおうっと。 それにしてもすごい雨だな〜。天気予報大外れだ。 頭の中で色々と愚痴ってしまう千尋。 そういえば今日は朝からあまりツイていない。 今日見た夢のことも思い出せないし…ん?夢…? ふいに朝の夢が思い出された。 ―――そういえば…夢でも確か雨が降っていたような…? いや違う、霧だ。確かすっごい霧の中に 私はポツンと一人でいたんだ。なんでかな?誰かを待ってた…? まさか、あんなところで誰かと待ち合わせたことはない。でも、誰かを待ってた気がする…。 それからしばらくしてなんだかスゴイ音…?いや、声がしたんだ。 あれは… グオォォォォォォ! その夢の音がした。千尋のすぐ左側の窓の向こうから。 クラスの女子が驚いてキャーキャー声を上げた。 その声に反応して手をパンパンと2回叩き先生が放し始めた。 『おいおい、雷ぐらいでビックリするなよ。ただの雷さ。どこか近くで落ちたんじゃないか? そんなに驚くことじゃないさ。じゃ、次は教科書56ページ開いて。』 ―――今のは雷の音…?でも、でもどこかで聞いたことある。 絶対聞いたことある。夢と、夢とおんなじだ…。 しばらく灰色の雲を見ていた。 まだ空はゴロゴロ唸っている。 時折空がピカっと光ったりもした。 しかし、千尋は空をジッと睨んでいる。 ―――ハク…?ハクなの…?どこ?どこにいるの? 彼女はもう一度心の奥に仕舞っていた青年の名前を出した。 その言葉は夢の予想とは違い、確信に変わっていた。 ―――間違いない…ハクだ…ハクがいる…どこかに…。 少女は胸に小さな希望を抱いた。 その後、先生によそ見の注意を受け、慌てて授業に戻った。 彼女の心はハク…いや、白い竜への想いでいっぱいだった。 そう、白い想いで… 続く。 |
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| 【8】 | |
「覚悟は出来ているね。白竜よ…。」 「ハイ。もちろんです。」 銭婆の真剣な目にもハクは意志を変えようとせずきっぱりと返事をした。 「…解ったよ。いいかい、神腎草はここから東にずっと行った場所に生えているよ。 その場所の名前は【竜の涙】っていう湖だよ。 その湖のほとりに生えているのが神腎草だよ。」 「竜の涙…?」 「あんたは聞いたことがないだろうね。ずっとあの湯屋にいたんだから。 竜の涙っていうのはね、とっても遠い遠い場所にあるんだよ。 【最果ての湖】とも呼ばれているがね。それだけのなんのへんてつもない湖ならば 誰もあんたなんかにあの婆さんは行かしたりしないよ。あの湖にはね…」 「一体…何があると言うのですか?」 ハァとため息を吐いた後にゆっくりと言葉を発する銭婆。 「…私もハッキリとは知らないよ。でも、あの湖に行って戻ってきた者は…いないんだよ。」 その言葉に一瞬動揺するハク。しかし、顔色は一つも変えずに返事を返した。 「…それでも私は行かなくてはなりませぬ。神腎草を場所を教えてくださって ありがとうございます。それでは、先に急ぎます。」 ペコリと礼儀正しくお辞儀するハク、そして振り返り まだどしゃ降りの雨の待つ外へ出て行こうとした時だった。 「お待ち」 銭婆に呼び止められ、彼女の方へと振り向くハク。 銭婆の顔はまだ真剣な顔でハクをじっと見詰めていた。 「何故そこまであの人間にこだわる?時が来れば必ず会えるのだよ?」 ハクは銭婆の質問に戸惑いなく答えた。 「その時が私に…この白竜に今来ているのです。それに…私は…私は…。」 彼はその後を言う前に外へ通じる扉を開けた。 横でカオナシが傘を差し出している。 「あ…あ…。」 「私には必要ない。心遣い、ありがたくいただきます。」 カオナシにも礼儀を尽くすハク。残念そうに傘を直すカオナシ。 「それでは、さようなら。」 白竜へと姿を変え、天に昇っていくハク。 まだ雨は止まず、雷が彼の頭上で轟いている。 そんなこと彼にはどうでも良かった。 ―――東だな…帰ってきた者はいない湖か…。 大丈夫だ、私は昔とは違うんだ。今は…今は…千尋がいるんだ…。 彼女の名前を口にするだけで自分に勇気が湧いてくることが不思議に思えた。 そしてさっき銭婆に言いかけて止めた言葉が頭に浮かんだ。 ―――そうです…銭婆様。私は…私は彼女を… 愛しているのです。 |
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| 【9】 | |
| キーンコーンカーンコーン。 授業終了のチャイムが鳴り響いた。 しかしその音も窓でうなる風の音にほとんど掻き消された。 「起立!」 教室の委員長の号令がかかる。 「礼。」 全員教卓に向かってペコリと頭を下げる。それに対して先生も頭を下げる。 「よ〜し、みんな。今日も一日頑張ったな! 風と雨がきついぞ!気をつけて帰れよ!ところで…。」 先生が千尋の方へ目をやった。授業を終えたと言うのにまだ窓を見ている。 「おい、萩野。」 急に先生に呼ばれて急いで前を向く千尋。 「な、なんですか?」 「どうしたんだ?授業中ずっと窓の外見てただろ? 問題当ててもすぐに答えられなかっただろ?どうしたなにかあったか?」 「い…いえ…何も…。」 急いで誤魔化す千尋。 それにハァっとため息をついてちょっと考え込む先生。 「そうか…確かにお前は算数苦手だもんな…。 先生の授業が解りにくかったりつまらなかったらいつでも言って良いから。 無理に嫌な授業を好きになれとわ言わないからさ。」 優しい言葉に少し反省する千尋。この先生は前から良い先生と思っていた。 授業はおもしろいし、それに相談も乗ってくれる。 そんな先生にも彼のことは…ハクのことは言えなかった、 いや、言っては行けない気がしたのだ。 ―――先生ごめんね。 心の中で反省する千尋。その時には終わりの会が始まっていた。 そうだ今日の千尋の算数の授業態度はいつもよりずっと悪かった。 それもそのはずだった。 授業中に突然頭に出てきた愛しい人の名前。 会いたいという気持ちと授業よ速く終われ! という気持ちの入り交じる中、彼女はずっと窓を見つめていた。 何度先生に注意されても、問題を急に当てられて答えられなくても、 窓を見ることは止めなかった。先生も最後には注意することを止め、 ヤレヤレとした顔で千尋を置いて授業を続けた。 終わりの会でもまだ窓を見つめる千尋。 ―――ハクはどこにいるのかな〜…。あのトンネルに行ってみようかな…。 しかしそれは無駄だと解った。 千尋があの世界から帰った時、もう一度あのトンネルに行ってみたが、そこには何も無かった。 きっと湯婆婆が人間が間違って入らない様に魔法で隠したのだろう。 ―――じゃあハクは一体どこに…? 雲の合間に白い竜のようなものを見た。 それに、あの大きな雷の音、いやあれはきっとハクの声だ。 それは勘でも、ただ少し思ったのでも違って、妙な確信となっていた。 何度も何度も考えてる内に終わりの会も終わり、下校となった。 千尋は傘を持っていなかった。だから母親に電話して迎えに来た貰うことにした。 「あれ?千尋かえらないの?」 「ちょっと傘忘れてさ…。」 「そう?いれてあげようか?」 「ううん、いいの。お母さんが迎えに来てくれるからさ。」 そう言うと美穂は安心したのか笑って手を振り千尋に別れを告げた。 「風キツイから気をつけてね。美穂。」 それからだった。 母親を校門の近くで待っている時だった。 グオォォォォォォン。 まただった。 音がした、いや彼女にとっては声だった。 愛しい、白い、竜の ―――ハク…?どこにいるの? 彼女を尋ねた。心の中で。 すると東の空がピカっと雷で光った。 千尋にはそれがハクの合図だと分かった。 ―――行こう…。 彼女はどしゃ降りの雨の中、ハクがいると確信した場所の方へ走っていった。 ―――待ってて…今度は…今度は私が迎えに行く番だよ…。 |
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| 【10】 | |
| 東の空を割るようなスピードで白い竜が飛んでいく。 雨などまるで気にせず、雷の轟きが響いても白いウロコはビクともせず、 何度も何度も風の妨害を受けても毛色一つ変えずに、ただ竜は東へ突き進んでいた。 ―――竜の涙はまだか…?かなり進んだハズだが…。 まぁ焦ることはない、千尋に私は会う…そうだ、会えるのだ。 その想いを糧としてどんどん東へ進むハク。 先ほど出発した銭婆の家も米粒くらいの大きさの所まで進んでいる。 それでもまだ前方には陸地もなくただただ海が広がるだけであった。 しかし、彼は銭婆を信じひたすら東に進んだ。 しばらく飛び続けた時だった。 遥か前方に小さな島のようなものを見つけたのだ。 しかし雨に視界を奪われている性か、それとも遠すぎる性かここからじゃよく見えない。 ―――あれか…?島…?ここからじゃ見えないな。近づいて確かめるか…。 遠くに見える小さな島のような物に白竜は弾丸のように一直線となって飛んでいった。 みるみるうちに島とハクの距離が狭まってくる。 そして、ハクは島の上空に辿り着き、その島に降りてみた。 降りた場所は森の中だった。 いつのまにか雨は止み、風も止まっていた。 しかし、あれだけ雨が降っていた性か霧が出てきた。 ―――流の涙とはここのことなのか…? 霧のせいで辺りを確認できないハク。 それでも彼は足を止めず、森の奥へと足を踏み出した。 泥に足をとられ歩きにくい、それに霧の性でどこに進んでいるのか解らない。 しかし、彼は弱音など挙げずに更に奥へと進む。 靴が泥まみれになっても、服が水で濡れても、奥へと進んでいく。 千尋への想いが彼を動かしていく。 そして、ある程度歩き、そろそろ森を抜ける頃、それは起こった。 『誰だ…。』 竜神の中でも最高位に属する名前の竜、 |
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| 【11】 | |
| 雨はしきりに強くなっていた。 風は好き勝手に飛び回り、雷は天空で何度も輝き 自分の存在を人々に見せ付けいていた。そんな中を一人の少女が駆け抜けた。 服は雨に濡れ、お気に入りのスニーカーは靴下までまで水が浸透するくらい濡れていた。 それに髪の毛は可愛らしいポニーテールが水を吸って重そうに揺れていた。 しかしそれでも彼女は足を止めなかった。 何度風の体当たりを受けても、雷の脅しを受けても決して弱音など挙げずに、 ただ前を見て何度も何度も足を前に出し走り続けた。 そう、愛しい人が自分に示した雷光の光る場所へと…。 ―――ハク…そっちにいるのね…。待ってて今すぐ…今すぐ行くから…。 雷光が示す場所に近づくたびに白い想いが強くなる。 今すぐに会いたい、そんな気持ちを押し殺し走り続けた。 ―――…もうすぐで着きそうね…、でも…あそこにあるのは確か…。 そう雷光が示す場所は山を少し入った所の湖の近くだった。 その湖は有名な心霊スポットでもあり、時々不可思議な現象が起こるらしい、 例えば夜、光る目のような物が湖の中から出てきたとか、 近くを通ると何者かの雄叫びが聞こえるとか…。 そんな噂のためか、よく肝試しなどで使われている。 その湖の名前は竜神湖という名前であり、かなり昔からあるらしい。 また、湖の近くには小さな社が建っており、湖に住む竜神様を祭っているらしい。 千尋自体そこに近づいたことはなかった。一度だけ気の強い男子や、親しい女子と 一緒に夜半信半疑で訪れようとしたことがあるが、女子の1人が湖の近くで 気分が悪くなったので肝試しはそこで中止された。 ―――湖…?ハク、あなたはそこにいるのね…今から行くからまってて…。 そう思い、彼女は山に入っていった。 山は雨が降っている性か地面がぬかるんでおり、靴はドロドロになっていた。 しかし、雨は山奥に入る度に弱くなり、湖の近くにまで来ると雨は止み、霧が出ていた。 その光景はまさに夢の通りだった。 ―――夢と同じだ… |
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| 【12】 | |
| 外の霧は一層濃くなっていた。 森は葉に小さな雫を作り、大気はやわらかな水に包まれている。 湖の水面は微動だにせず、ゆっくりと時を流していった。 時々湖の上で水主が小さなあくびをすると、わずかに水面が揺れ、時間の経過を感じさせる。 「ふぅ…さっきの白竜…そろそろ目を覚ます頃じゃな…。 この湖はどんな河の主でも水中で息が出来ない神聖な水で出来ておる。 あやつも慣れない水で今ごろは溺れて気を失っているじゃろうな…。」 そう言うと銀竜は片手を天に向かってあげた。 すると手の先から小さな光が現れ、その光が湖に突き刺さった。 「コハクヌシよ…。汝の本来の姿を取り戻してみるがよい…。 汝に足りない物は汝で見つけることに意味がある…。」 水主はそう一言言うと、手を下げまた眠りに就いた。 水主から出された光は湖の奥深くに進んでいき、 湖の底で砂利にまみれ溺れ沈んでいるハクの体を包み込んだ。 青白い透き通った光が白いウロコのハクをいっそう美しく包む。 もうろうとする中、ハクはゆっくりと気を取り戻した。 ―――…暖かい…なんだ…私は…溺れたのでは…。 『この河を埋めるってのか。あ〜もったいねぇ、こんなにキレイな河なのに。』 |
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| 【13】 | |
| 琥珀川埋め立てが決まってからと言うもの、天候が著しく悪くなった。 台風も来ていないのに外は暴風警報が出るほど荒れ狂う風。 空似は光すらも通さないようなどす黒い雲。 そこから放射状に降る道路のアスファルトをえぐるような大粒の激しい雨。 人々は外出すらままならない状態に陥った。 理由は全く解らず、気象予報士も頭を痛めていた。 ―――人間供め…もっと苦しめば良いのだ…。 どす黒い雲の中を飛ぶ周りの景色とは正反対な白く美しく輝く白竜。 しかし、美しいのは白く輝いたウロコだけであり、その目や心は輝きを失い、 負に満ちたエネルギーで埋め尽くされていた。 彼は魔法で雨を降らし、風を呼んだ。以上起草の仕業は彼の性だった。 そして彼は、その負に満ちた目で下界、人間達の住む世界を見下ろした。 目に映る光景はなんともおかしかった。 風に遊ばれながらも懸命に傘を持って歩くサラリーマン、車に乗ってだるそうな顔で 空を見上げる若いアベック、バスの停留所で雨宿りをしている小さい子供たち。 そして最後に目をやったのは自分の居場所だった。 埋め立て工事が後3日と迫る中、ハクはじっとマンション建設に使う資材をにらんでいた。 ―――愚かな人間供よ…。私の河にゴミを投げ捨て、 排水で汚し、挙げ句の果てには埋め立てるだと…。本当にふざけた連中だ…。 その根本的な考え方を全て私の水で洗い流してやる…。居場所を奪う側から 奪われる側にしてやる。そこで初めて気づけ…お前達人間の愚かさをな…。 お前達は神を敵に回したのだ…。 そう思うとハクは鼻で笑い、また雷雲の中を飛び回っていた。 『どうなってるんだ!』 |
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| 【14】 | |
| 辺り一面が霧に包まれていた。 その湿っぽい山の中を先ほどの雨の性でビショビショに濡れた少女が歩く。 地面の泥濘(ぬかるみ)は、奥に足を入れるにつれて一層ひどくなっていた。 お気に入りのスニーカーは本来の色が泥に包み込まれ、消されていた。 靴下にも水や泥が浸透し、歩く度に足に嫌な感触が伝わった。 しかし、彼女はそんなこと気にも留めず、自分の目指す湖へとゆっくり足を運んだ。 時々泥に足を取られこけそうになる、それでも諦めず前を向いて一歩一歩確実に湖に近づく千尋。 顔や手は泥まみれ、それでも愛しい人への想いは消えなかった。 ―――ハク…今行くから…もう少しだから待ってて…。 彼女はそう思いつづけた。 今自分は人の為、そう愛する者の為に行動している。 そう思うと嬉しかった。 誰に誉められる訳でもない、御褒美を貰える訳でもない。 けれでも彼女はただ愛する者が自分の気持ちに気づいてくれるだけで良かった。 何もせず待っているだけでは自分の想いは届かない。 自分から行動を起こさないと、愛しい人には伝わらない。 こんな感覚は湯屋『油屋』でハクを助けようと必死にもがいてた時以来だった。 ―――もう少し…もう少し…。 湖と彼女の距離がもう少しでゼロになる。 重い泥塗れのスニーカーを履いた靴を懸命に上げ一歩踏み出した。 ガサ 地面の感触がさっきとは少し違った。 泥ではなく青々しい草だったのだ。 そう彼女は湖に着いたのだ。 ―――…着いた…。 湖は恐ろしいほど静かだった。 近くを走っている車の音も聞こえず、さっきいた空間とは全く別の場所のような気がした。 「…ハク…?」 千尋の静かな声が辺りに響いた。 それでも湖の水面は微動だにせず、ただただ千尋の泥で汚れた顔を映し出していた。 「ハク…?何処?いるんでしょ?ハク!」 彼女は湖に近づき懸命に愛しい人の名前を呼んだ。 「ハク!ハク!何処!何処なのよ!返事して!」 彼女は大声で叫んだ。それでも返事は返ってこない。 「ハク!…ハク!…ハ…ク…。」 だんだん千尋の声が小さくなっていく。 自信が無くなってきたのだろう、愛しい人に会えると言う自信が。 彼女はペタンとその場に座った。 「そんなぁ…ハク…ハク…。」 彼女の目から一滴の涙と言う透き通った雫が零れ落ちた。 ―――なんで?なんで?なんでハクがいないの? だって私は聞いたじゃない、ハクの声を…。 それに夢だって見たじゃない…。 あの夢は…ただの…何の変哲もない夢だって言うの…? …そうかもしれない…。 私とハクの時間は私があのトンネルをくぐった時点で終わったのかもしれない…。 大体私があの世界に行ったのも偶然の賜物であって、前々から予測してたことじゃない…。 良く考えてみれば全ては私の夢物語だったのかもしれない…。 ハクときっと会えるとかバカなこと信じてたから…。 そうだよね…。 私みたいな人間がハクなんかと会えるはずないんだよ…。 駄目なんだよね…。変に期待しちゃ… いつも損するのは自分なのに…そんなことは解ってるのに…。 彼女の心ははちきれんばかりに思い悩んでいた。 次から次へと出てくる涙。 湖に吸い込まれるように落ちる涙は、何度も何度も湖の水面をゆるがせた。 そんな千尋が半ば諦めかけていたときだった。 『ほほう…汝があの若い白竜が愛した人間か』 どこからともなく声がする。 それは湖の中からだった。 「だ、誰?ハク?」 そう尋ねたときだった。 湖の中から大きな銀色に輝く竜が出てきたのだ。 いくつもの水飛沫を上げながら。 突然のことにキョトンとする千尋。 腰を抜かしたのかずっと座っている。 『どうした?この姿を見て恐れを成したか?』 銀竜の言葉に、慌てて反論する千尋。 「あなた…誰?」 『名前など名乗る必要はない。先ほどあの白竜を探していたな?』 その言葉に反応する千尋。 この竜は何か知っている、ハクのことについても知っている。 こういう妙な確信が生まれた。 「は、ハクを知っているんですか?」 『ハク…?あやつはニギハヤミコハクヌシと名乗っておったぞ。』 「お、同じです。」 『ふむ…よくは解らぬが、あやつを探しておるのか。まぁそのためにわしは出てきたのじゃからな。』 その言葉に期待高まる千尋。 「は、ハクに合わせてくれるのですか?。」 その言葉に鼻で笑う竜。 『その前に汝に問いたいことがある。あやつが人間を愛することは仕方がない、しかし汝が本当にあの純粋な竜に相応しい者かどうか、汝には自信があるか?』 その声は恐ろしく落ち着いていて、威圧感のある声だった。 千尋は一瞬戸惑った。 そんなこと考えたこともなかったからだ。 「き…きっと。」 『ほぅ…まぁ悪い返事ではなかろう。あやつに会いたいのだな?』 「は、はい!」 『では…』 そういうと竜は湖の水面を叩いた。 叩かれて出てきた水飛沫は一つの固まりとなり千尋を包んだ。 「!!!」 急なことに体をもがき脱出しようとする千尋。 『ほっほ!安心せぇ!息は出来るわい。…今からお主をその水からあやつのいる場所まで転送する。しかし、それは行き道だけの話。帰ることにはわしは一切手を出さぬ。自分の力で帰ってこい。必ずしも帰って来れるかは解らないぞ。それでも会いに行くと言うのじゃな?』 水の中でただ何度もコクコク頷く千尋。 その顔には少しの不安と大きな期待があった。 『行き先で何があっても決して目をそらすではないぞ…それでは…。』 竜が何か唱えると千尋は体が光に包まれ、先ほどの水飛沫の結晶の中に千尋の姿はなかった。 それを見てほっと一息つくと銀竜はやれやれと言った顔で言った。 『…あの少女があの白竜を救えるとはてんで思えないがな…わしも甘くなったかのぅ。しかし…。』 急に険しくなる銀竜の顔。 『あのままでは…あの人間は決して白竜を救うことは出来ない…。最悪の場合はいずれかが…自分の人生から除外されることになる。』 千尋は暗い空間にただ一人いた。 ―――感じる…ハクを…ハクを感じる。 暗い時空の間で彼女はハクのいる空間に送られていく。 運命は2人を拒絶するのだろうか・・・。 それとも…。 |
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| 【15】 | |
| ―――ハク…もうすぐだよ…。 時空の間を一方通行に進む千尋。 だんだんハクのいる空間に近づく度に、ハクを感じる想いが強くなってくる。 もうすぐ愛しい人に会える、そう考えただけで押さえ切れない喜びと期待が胸で踊り出す。 しかし、その裏腹に心の片隅で少しの不安も疼いていた。 銀竜の言動の真の意味とは…? ハクは今の自分を受け入れてくれるのだろうか? 目を反らしてはいけない現実とは…? 不安は徐々に連なっていく。 しかし、彼女は決して表に出さない、いや、考えようとしない。 得体の知れない不安におびえるのは嫌だし、何よりハクの身に何かが起きているなど考えたくもなかった。 ただ2人出会って自分の想いを伝え、変わらないはずのお互いの気持ちを確かめ合えればそれで良かった。 ―――…もうすぐで着きそうね…。 だんだんとハクと会う時間が迫っているような気がしてきたのだ。 それが吉と出るか凶と出るかは解らない。 ただ彼女は前を見て、素直に現実を受け入れる。 それが今の彼女に出来る精一杯の方法だった。 そして、時空の扉の出口と、千尋のからだの距離がゼロになった。 「…ん…?着いた…かな?」 ゆっくりと目を開ける千尋。 そこに映るのは一つの雨に濡れた工事の看板と、その側を流れている今にもあふれ返りそうな河だった。 「河…?それに雨…?」 自分がビショビショに濡れていることに気づいた。 雨ならさっき止んだのに…と思ったが、ここは先ほどとは全くの違う空間。大粒の雨が千尋の体に打ち付け、轟轟と吹き荒れる風が濡れたからだの千尋を冷やした。 少しは乾いていた服もまたビショビショに濡れていた。 「なに…?ここ?どこなの?なんで雨降ってるの…?」 不思議そうに辺りを見回す千尋。 どことなく懐かしい場所にキョトンとする千尋。 自分はここに来たことがあるのかもしれない…、そういう想いが千尋の心に自然と生まれた。 それに目の前にある河、この河と愛しい人が重なって見える気がした。 ぼーっとする千尋を現実に呼び戻したのは野太い男の声だった。 『おい!ここは立ち入り禁止だぞ!。』 男の怒鳴る声が後ろから聞こえた。その男はよく工事現場のおじさんが被っているヘルメットをかぶり、Yシャツ一枚を着て、首にタオルを巻いていた。どうやらこの辺の工事のおじさんらしい。 そんな男の声に慌てて振り向く千尋。 「な、なんですか?」 『なんですかじゃないよー!ここは立ち入り禁止だって!危ないだろう!こんな危なっかしい河の近くに君みたいな子供が近付いたら…。あ〜あ服までビショビショじゃないか〜。全く!おいでちょっと家の人に言って迎えに来てもらおう。』 「え、私は別に…。」 『そんな体じゃ風ひくから!早く!おいで!』 男に無理矢理連れて行かれた先は、工事をする作業員の休憩室だった。 中は狭く、古びたコンロとその上にへこんだヤカンが置かれていた。 『その辺に座りな。』 男が千尋に部屋の隅を指差した。 そこには折り畳みのパイプ椅子があり、千尋はそれを広げ座って一息ついた。 男はへこんだヤカンを手にして、紙コップにお茶を注いだ。 『ほら、飲みな。熱いから気を付けろよ。それから、これ、タオルだから。』 男はその辺にある1番奇麗なタオルを千尋に渡した。 男は千尋が女ということに気を遣ったのだろう。 「ありがとう…ございます。」 優しい男の心遣いを、少しドギマギしながら素直に受け止める。 タオルで濡れたポニーテールを作っている髪留めを開放し、真っ直ぐになった髪を丁寧に拭き、そして濡れた水を顔を拭いた。 それから男が入れてくれたお茶をゆっくりと飲んだ。 ―――美味しいな…。 冷えた体が温まり、体が幾分楽になった千尋。 それを見て、よしよしと頷く男。 『どうだ?暖まるだろ?寒い時は温かいお茶を飲むのが一番だぞ!それじゃあ、家に電話してお母さんか誰でも良いから迎えに来てもらいな!』 男はコンロの横の相当古い黒電話を指差した。 いくら古いと言ってもこんなちっぽけな休憩所に電話があるだけ増しだった。 しかし千尋は電話に向かわず、座ったまま男に尋ねた。 「あの…おじさん…。」 『お?なんだ?』 ぶっきらぼうに答える男。 「あの…さっき立ち入り禁止になっていた河のことなんですけど…。」 この質問の答えが自分の思う通りになれば、ハクに会える可能性が高くなる気がした。 『ああ、あの琥珀川のことか。』 男の出した答えはまさに千尋の求めていた答えだった。 やはりハクはあの河にいる。ハクはあの河の神様なのだから…! しかし、次に男の口から出た答えは千尋を絶望のふちへと追い込んだ。 『あの河なぁ…。明日あそこでマンション埋め立て工事があるんだよ。残念だよな〜…昔からあの河は奇麗だったのに…。でも最近は平気で河にゴミ捨てたりするやつが増えているから、奇麗って訳でもなかったけど…。』 「え!嘘!」 急に急きを経つ千尋。それを見てキョトンとする男。 『どうしたんだい?急に。』 「駄目よ!あの河を埋めたりしちゃあ!河の神様が怒って、人間なんかかるくひねりつぶされるよ!」 千尋は必死に男に怒鳴る。 『おいおい、俺にそんなに言われてもどうすることも出来ないんだよ。俺だって反対はしたさ、でもな、世の中には権力ってもんがあるんだ。偉い人がやるって決めたらやることになるんだ。』 それでも千尋は聞く耳もたずだった。 「駄目!絶対に駄目よ!河の神様が人間に復讐しちゃう!駄目なのよ!」 男はやれやれと言った顔で千尋を見る。 『はぁ…お嬢ちゃん、その気持ちは解るよ…。マンション建設が決まってからというもの、天気がずっと悪いんだ、それも並大抵じゃない。でっかい台風が来た時ぐらいにな。それにマンション建設決行日が近付くにつれてどんどん天候は悪くなる。これは河の神様が怒ってるからだとかそこらへんの住民は言ってるみたいだけど。』 「おじさんは信じてないの?」 その質問に少し笑いを浮かべ、答える男。 『そりゃあ信じてるさ…。俺はあの河を見て育ったんだから…そう思ってないと…河は何も抵抗できないまま勝手な人間に埋められるんだから…。』 男のどこか寂しそうな表情に千尋は口をつぐんだ。 ―――ハク…あなた怒ってるの…? 私たち人間が勝手なことするから…。 お願い…私の前に現れて…。 小さな休憩所に河の埋め立てを密かに反対する2人がいた。 千尋の心は少し揺らいでいた。 |
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| 【16】 | |
| 灰色の雲の間を駆け巡る一匹の白い竜。 その心は、美しい容姿とは裏腹にヘドロの河のように濁っていた。 憎しみや妬みと言った負のエネルギーで乱暴に好きなように飛び回る。 雨を降らし、風を起こし、雷を轟かせる竜、しかしそれだけでは竜は満足は出来ない。 そう、憎き自分の最大の敵、人間を、自分から居場所を奪った悪魔を退治しない限り…。 美しい白竜からは理性と言う二文字が消えていた。 そして竜は散々暴れまわった後、自分の守るべき居場所の方へと戻ろうとした時だった。 竜は何かを感じた。 今までの人間にはない暖かく、そして包み込まれるような優しさに満ちた波動を。 それは人間を退治することを決めたと同時にどこかに追いやられていた記憶の断片だった。 頭に浮かんでくる一人の少女の姿、顔まではハッキリ映し出されない。 見た目では10歳くらいのポニーテールの少女。 その顔は感じ取れないが、どことなく悲しい表情を竜に伝えていた。 それが伝わった時、竜は何かに殴られたように頭痛がした。 ―――…?なんだ?…この波動は…?人間であることは間違いない…しかし、どこか懐かしい波動だ…。誰だ…?解らない…?何だ…何故私の記憶の中にいる…邪魔だ…どけ!出てくるな!…貴様も私から居場所を奪うと言うのか?答えろ! しかし、記憶の少女は決して答えなかった…、ただただ悲しい表情を彼に浴びせるだけだった。 そして、徐々に薄れていく記憶の断片、それと同時に和らいでいく頭痛。 ―――…く…、誰だ…私を…呼んでいるのか…?私に何の様がある?お前も人間なのだろう!何故私の記憶にいる!解らない…解らない! 竜は恐れていた。 いつのまにか自分は何か大切なことを忘れてしまったのではないか…と。 どこか記憶の片隅に残る少女、どこか懐かしく暖かい。 自分の琥珀川と言う居場所より、その暖かみのある彼女の存在が自分の居場所のような気がした。 ―――…波動は…私の河の近くから感じた…。無謀で愚かなやつだな。神である私を呼ぶと言うのだから…。まぁ良い…今から貴様に会いに行ってやる…、そして私の記憶から除外してやる…。 そして竜は暴れまわるのを止め、スピードを上げ自分の居場所へと戻った。 『お嬢ちゃん?さっきからずっと黙り込んでるけど…どうかしたか?』 野太い男の声が小さな作業員休憩所に響く。 声をかけられた少女は小さな声で答えた。 「いえ…そんなことはありません…。」 『家に電話しろって行ってもしないしさ、さっきからずっと険しい顔してなんか考えてるみたいだし…、やっぱり、あの河のことが気になるのかい?』 少女は黙ってうなづく。 『…仕方ないさ…、確かにあの河はキレイで埋めるにはめちゃくちゃ惜しいくらいだ。けどな、あれが埋められることによって、俺達の住む場所が増えるんだ。ってことは、俺達に損はないんだよ。そう考えたら楽だろ?』 男はきっと少女を元気付ける為に言ったのだろう。 しかしその言葉は逆効果だった。 「なによ!その言い方!やっぱり自分達のことしか考えてないじゃん!私たちが住む分には問題ないかもしれない!でも、そんなわがままな理由で河の神様は居場所を取られちゃうんだよ!居場所を取られることがどれだけ辛いことか解る?帰る場所がないんだよ!誰にも助けてもらえないし、自分でもどうすることも出来ないんだよ!」 急に立ち上がって男に向かって怒鳴り出す少女。 それに男はキョトンとする。 『…わ、悪かったよ…取り消す…。』 男に謝られて理性を取り戻したのか、顔を真っ赤にしてイスに座り直す少女。 「ご…ごめんなさい…言い過ぎました…。おじさんは…なにも悪くないのに…私ったら…つい…」 それを見て男は少し笑っていう。 『いいさ、怒らしたのは俺なんだから。君の気持ちを踏みにじるような言い方をしたんだ。怒って当たり前さ。ところで、名前聞いてなかったよな?名前は何ていうんだい?』 「萩野千尋です。」 『千尋ちゃんか、良い名前だね。』 「そうかな?ありがとう、おじさん。」 『よせやい!照れるって!』 小さな休憩所に暖かい会話が戻り始め時だった。 急に激しい風が休憩所の窓を叩いた。 それにきゃっと小さく悲鳴を上げる千尋。 『なんだ?また風がきつくなったな…。こりゃあそこの資材が飛ばされるかもしれないな…千尋ちゃん、俺ちょっと向こうまで行ってくるから、ここで待っててくれや!』 男はそういうと、乾いたタオルと自分のヘルメットを被り直し、雨の中資材の方へと走り抜けた。 「…ハクぅ…どこなの…?どこに消えたの…?」 愚痴愚痴小さく何度もつぶやく千尋。 半ばあきらめかけ、ギュっとタオルんを握る手に力を入れた時だった。 『貴様か…私の記憶に残る忌々しい人間は…。』 耳に聞きなれた声がこだまする。 「誰…?ハク?」 そう、それは愛しい人の声に似ていた。 しかし、少し違う。千尋の覚えているハクの声は澄みきった奇麗な声、しかし、聞こえてきたのは低い濁ったような声だった。 『そこを出ろ…河の前まで歩いてこい。』 その声は千尋を呼ぶ。 千尋は真っ直ぐの乾いた髪をくくり直し、紙コップをおいて、ゆっくりと外に出て河に向かった。 ―――ハク…?だよね…。 彼女は少し心に疑問が湧いた。 どことなく違う愛しいハクの声、まるで自分を敵対しているみたいに。 「は…ハクだよね…。」 千尋は声の主に尋ねた。 『無駄口を叩くな。歩けと言っているのだ。早く来い。』 男の返事は無情だった。 まるで湯屋の中でのハクの冷たい態度に似た声だった。 ―――やっぱり怒ってる…、私のこと…忘れてないよね…。 期待と恐怖が入り交じる中、千尋は河の前まで来た。 目の前に広がるは轟々と土砂を運ぶ強い流れの琥珀川、そこにハクの姿はない。 「ハク…?出てきてよ…早く…出てきて…。」 恐れながらも、勇気を振り絞り声を出す千尋。 『私はここにいる。』 その声が聞こえた時、千尋の目の前に一匹の白竜が降りてきた。 そう、それはまさにハクの姿であった。 「は…ハク!」 彼女はハクに歩み寄った。 感動の再開と千尋は考えていたのだろう。 しかし、そこに待っていたのは非常に辛い現実だった。 『近づくな!』 大きな怒鳴り声が千尋の耳に響く。 拒まれたのだ。自分の愛した者に。 一瞬なにを言われたのか千尋は解らなかった。 『聞こえないか?近づくなと言っているのだ!人間の匂いなど、鼻にするだけで吐き気がする!』 その言葉が耳に届いた時に、千尋は心がズタズタに引き裂かれる気がした。 完璧に拒まれている。理由は知らない。しかし自分は今拒まれた、はっきりと拒まれたのだ。 ただ呆然とする千尋に言葉を続ける竜。 その目はまるで千尋をただの人形としか見ていないような冷徹な目だった。 『ふん…どんな人間か会いに来てみたが…まさかこのような子供だとは…話にもならない。一つだけ問う、何故私の記憶にいる。答えろ。』 千尋は急に質問を浴びされ、なにを言って良いのか解らなかったが、自然と言葉が口から出た。 「私のこと覚えてない…?千尋だよ?千だよ?覚えてるでしょハク?湯屋での2人のこと、覚えてない?」 忘れられていることを認めたくないのか、それとも恐いのか彼女は必死に彼の記憶に語り掛ける。 否定されたくない、あの時の2人の思い出を決して否定されたくない。今、目の前にいるハクは絶対に覚えているはずだ、いや覚えてくれていないと、自分が駄目になるような気がした。 しかし竜の返事はあまりに無情だった。 『知らぬな…貴様のような貧弱な子供の世話などしたことはない。…ふん…時間の無駄だな…貴様みたいな人間と話すだけでも人間の愚かさが移りそうだ…。』 ハクの一言一言が千尋の心を崩していく。 ―――何で?私のこと覚えてないの?なんでそんなに冷たく接するの?なんで…?私を拒むの…?どうして?どうして私を受け入れてくれないの?何があったの?私の名前も覚えてくれてないの?いつかきっと会えるっていったじゃない。それって…こういうことなの? 何度も何度も自分の中で次々とハクに対する疑問が浮かんでくる。 足は震え、手には力が入り、そして目は今にも涙があふれそうだった。 それでも彼女は逃げない。 銀竜に言われたとうり、決して現実から目を離さないでいた。 それが例え、どれだけ辛い現実だとしても…。 |
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| 【17】 | |
| 雨はどんどん強くなるばかりで一向に止む気配はなかった。 建設予定の琥珀川の神の怒りはまだ衰えない。 その怒りは愚かな人間に向けられているのだ。 そう、それは目の前にいる小さな少女にも言えることなのだ。 少女は変わりに変わりきった愛しい者の姿を見ても、決して目を反らしたりはしなかった。どんなに冷徹な言葉を吐かれても、どんなに冷たい視線で見つめられても、決して反らしはしなかった。その丸く澄み切った黒い瞳でじっと白竜の目を見つめた。 恐れや悲しみと言った感情は一切表に出さず、ただその辛い現実を受け入れたのだ。 ―――…忘れちゃったんだ…私のこと…。 仕方ないよね…元々ハクは人間が嫌いだったんだもん…。 私を嫌いになってもおかしくないよね…。 私の想いは伝わらなかったのよね…。 情けない…何しにここまで来たんだろ? なんだか少しでも期待してた自分が馬鹿みたい… ほんと… 馬鹿…みたい…。 白い想いは今にも消えそうになっていた。 ただ自分は自分の想いを伝えたかった。 そして彼の気持ちも伝えて欲しかった。 伝えてもらわなくとも良い、ただ暖かく迎えてくれるだけで良かった。 しかし彼から出た自分を拒絶する言葉。 その言葉は彼女の想いを徐々に徐々に消し去っていた。 『…貴様は何故私をハクと呼ぶ…』 急に白竜が口を開いた。 「え…それは……」 慌てて口を開く千尋、その声は震えていて、大きな声を出すと、それと同時に涙が目からこぼれそうだった。 「そ…それは…あなたが…わ…私に…初めて会った時に…名乗った名前だから…。」 その言葉は最後の方は風に邪魔されて普通なら聞こえなかっただろう。 しかし、白竜はきちんと聞き取った。 『最初に名乗った…?適当なことを言うな。さっきも言ったように以前に貴様との面識はない。』 その言葉を受けても、彼女は口を止めない。 「…そうかもしれない…でも私はあなたを知っている…本当の名前も…そうよ…あなたの名前はニギハヤミコハクヌシ…。」 そう言い放った千尋の言葉は白竜の心の何かを疼かせた。 【そう…あなたの名前はコハクヌシ…】 白竜の記憶の断片が頭痛と共によみがえる。 自分は背中に誰かを乗せている、その誰かが私に名前を与えた。 それが私が私を取り戻した瞬間。 空の上をその者と2人で額を合わせた。 その者の顔はハッキリと出てこないが、どこか嬉しそうに私を見ている。 涙を流しながら私を見ている。 急に記憶が語りかけてきた性か、頭に激しい痛みが走る。 その痛みは今まで一度も感じたことのない激しい痛みだった。 そのため、必死にもがき叫んだ。 『グオォォォォォ!』 その当てもない悲鳴をあげながら、竜は白目をむいてその場を暴走したように飛び回る。 『グオォォォォォ!』 地面に何度か激しくぶつかり、頭から赤い血が流れ出した。 それでも竜は暴走を止めない。 「ハク!どうしたのよ!」 目の前で急に暴走する、白竜。 白目をむき、恐ろしい表情で飛び回る姿。 それを見て思わずいてもたってもいられなくなる千尋。 「ハク!ハク!どうしたの!お願いだから…お願いだからそれ以上自分を傷つけないで!」 それでも白竜は暴走を止めない。 彼女の声も今は届かない様だ。 ―――なんだ!この痛みは! 何故記憶と共に繰り返してくる! 私がこの記憶を拒絶してるからか? 解らない! くそ!解らない! 竜は狂い掛けていた。 そして何度も何度も地面に体をぶつけ徐々に弱ってきた竜は、最終的に自分の住むべき場所、そう今にもあふれそうな琥珀川に沈んだ。 口から泡を吹き、白目のまま、理性を失った惨めな竜が一匹。 その表情はどことなく寂しそうな表情だった。 それを見た千尋は、とっさに何かを悟った。 ―――大丈夫… ハクは…負けない… 心の呪縛から記憶を取り戻すことはハクならできる。 きっと…ハクはいつものように自分に笑ってくれる。 そう…絶対に…。 だからハク…私もあなたと闘う…。 悪い意味じゃない…。 あなたのその弱い心と… ハクはきっと苦しかったんだよね… だから…私もあなたを正面から受け止めてあげる。 逃げない… だから… あなたと闘う…。 白い想いはまた強くなっていた。 彼女もまた一段と成長していた。 そう…私は、逃げない… この白い想いが尽きるまでは… |
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| 【18】 | |
| 荒れ狂う河に一匹の竜が沈んだ。 苦しみと悲しみとほんの少しの優しさを感じながら。 目の前には一人の少女。 誰かは知らないが記憶の断片に存在する不確かな存在。 懐かしく、どことなく暖かく、そして自分を救い出してくれる唯一の存在。 朦朧(もうろう)とする意識の中、河の奥深くで、白竜は感じていた。 己の欲望が為に人々を苦しめたことを考え直す余裕が出来たことを。 気持ちの一方通行が、白竜を悪と言う泥沼に引きずり込んだことを。 本当の過ちを犯してきた自分に気づき始めることを。 白竜の気持ちは揺らいでいた。 ―――自分は間違っていたのだろうか? 自分の居場所を守り切る為に使ってきた魔法の数々、あれは果たして本当に自分の居場所を守る為だけだったのだろうか? ただ、人々を苦しめ、ただ荒れ狂い、何も出来ない自分の無力さに嘆き、ただただ好きなように魔法を使っていただけではなかったのか? ただ、理由をつけて人々を苦しめたかっただけなのかもしれない…。 自分の魔法はいつしか守る為ではなく傷つける為にあったのでは? 自分の居場所をそっちのけで人々を苦しめていた。 ただ、魔法と言う無力な力で現実から逃げていただけなのかもしれない…。 自分の信じていた力が、善から悪に変わっていたことに思い悩む白竜。 先ほど、狂い、何度も何度もぶつけてできた傷もいつしか癒え、白竜は眠りに就いた。 |
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| 【19】 | |
目の前で急に呻き声と共に狂い、河に沈む惨めな竜を目を反らさず受け止める少女がいた。 その小さな丸く黒い瞳は恐れなどでくもっておらず、ただただ純粋に目の前の光景を映し出していた。 静かに心を整理する千尋。 考えている以上に辛い現実であろうと決して後には引かない、いや引けないのだ。 それは無論の上での承知。 ただ現実を受け止め、頭で整理し、次に自分がすべき行動を導き出すことが、今の千尋に出来る精一杯の愛しい人を救う為の一歩だった。 『おい!なにしてるんだ!』 急に怒鳴り声が後ろからした。 その声の主は、先ほど自分を休憩所で養ってくれた琥珀川埋め立ての作業員の男だった。 その声は、懸命に考える千尋の思考を止め、彼女を振り向かせた。 『ほら!またびしょ濡れじゃないか〜!』 男はヤレヤレと言った感じの顔で千尋に近づいた。 「あ…すいません…。」 今の自分の様子を確認してみた。 髪の毛は水で重々しいくらい濡れ、せっかくのポニーテールがへばっていた。 服は乾いていたはずだが、また雨の中をうろついてたため、ビショビショに濡れていた。 『は〜…あれだけ待っててって行ったのに。とりあえず家に電話してもらおうと思ったけど…その体じゃぁなぁ…。』 男は手を口に当て、なにやらう〜んと考え込んだ。 そこに千尋が男の思ってもないことを口に出した。 「あ、あの休憩所に泊めてください!」 急に口を大きく開けた性か、思う以上に大きな声だった。 雨と風にかき消されず、その辺り一面に響いた。 『お、おい、急にそんなことを大声で言われても…。』 それでも千尋は構わず口を続ける。 「お願いです!泊めてください!」 『ちょっと待ってくれよ、親には何て説明するんだい…?』 「友達の家に泊まるって言いますから!お願いです!」 その言葉に男はう〜んと考え込んだ。 千尋はじっと男を見つめる。 そして、しばらくした後、男が口を開いた。 『…う〜ん…、まぁあの休憩所は明日までなら誰も使わないから良いけど…明日の1時には建設工事が始まるからなぁ…』 男の言葉を聞いて声を張りはげる千尋。 「じゃあ!泊まって良いんですか?」 『…明日の1時までには家に帰るんだよ。それが条件なら泊まっても良い…でもな…。』 男の声が急に重くなった。 「な、なんですか?」 ゴクリとつばを飲む千尋。 『実はな…あの場所に夜いると竜神の雄叫びが聞こえるらしい。多分あの河の神様の声とか誰かが言ってたんだ。恐いぞー、それでも良いのかい?』 男が千尋に険しい顔で言うと、千尋はクスっと笑ってこう言った。 「大丈夫です!知り合いですから!」 その声に不思議そうに首をかしげる千尋。 『解ったよ。じゃあ俺はもう帰るから、かってに電話しな!夜は寒かったら毛布があるから。それじゃ、きいつけてな!譲ちゃん!』 男は爽やかな声でその場を去った。 千尋は手を振り男を見送った。 『ふふ…明日だな…』 あるビルの一角。 マンション建設の予想図を片手に窓越しに外を見る男がいた。 男のいる部屋は会議室のようで、前に立っている男の後前には楕円形の机があった。しかしそこには誰もおらず、つい先ほどまで男がそこで会議を開いていたのだろう 『雨は明日も降るらしいなぁ…しかしだ…私には何の支障もない…』 男は見るからに自信有り気の顔で異様なまでに笑っていた。 男が自分の世界に浸っている時、部屋にドアをノックする音が聞こえた。 『入りたまえ。』 男は振り返らずにただ声だけを出した。 入ってきたのは美しい顔の女性、手には書類の入ったファイルを持っていた。 『何だ…君か…。何だね?まさかまだ明日のマンション建設について反対をするつもりか?』 秘書は静かに口を開いた。 『いえ…私はこのファイルを渡しに来ただけです…。』 机の上に持っていたファイルを置いた秘書はまた口を開いた。 『何故ああまであの場所のマンション建設にこだわるのですか?』 その言葉に男はふふっと笑うと振り返り余裕の笑みで秘書に答えた。 『解らないか?あの場所は駅から歩いて最低でも7〜8分足らずで着く、それに道路からは意外と離れていて、騒音被害も少ない、それにあの河から半径100m以内にたくさんの食料店、コンビニ、本屋その他いろいろの設備がある。つまりだあの場所はマンション立地条件全てをクリアしている最高の場所なのだよ。』 男は何やら勝ち誇った顔で秘書に言う。 『…チーフ…今更考えを改めろとは言いません。でもあの河は…この街でも有名な美しい河です…それをあなたは埋めるとおっしゃる、それを頭に入れておいてください…。私が言いたいのはそれだけです。』 秘書はそのまま部屋を後にした。 『ふん…あいつはまだそんなことを考えていたのか…、河の神だと…ふざけるな…私は人間だ…もしこの天候を神が行っているのなら、見せ付けてやろう人間の恐ろしさをな…』 男はニヤっと笑った後、部屋を後にした。 「ふむ…ややこしいことになったのう…。」 静かな湖の上で銀色に輝く竜が静かにため息をつく。 「さて…あのおなごはどうでるか気になるのぅ…あのまま運命に流されて愛すべき者を失うか…それとも救い出し、ここに帰ってくるか…。」 そう言い終えた後、銀竜は大きくあくびをし、ゆっくりと眠りに就いた。 とうとう明日に迫ったマンション建設。 一人の少女は愛しい者の為に。 怒り狂う白竜は居場所を守り通す為に。 わがままな人間は自分自身の生活の為に。 それぞれの信念が 今、衝突しかねんとする。 少女は願う 愛しい者が本来の心を取り戻すことを。 白竜は闘う 魔法と言う無力な力で。 人間は破壊する。 数少ない自然を。 一度失った過去を取り戻すことは難しい。 それでも闘う白竜と人間。 それを見て少女は何を思うのか? 少女の心で疼いている(うずいている)白い想いが解き放たれる時。 神はすべてを語る。 今一度愛しい者へと届け… 濁りのない、澄み切った白い想いよ…。 |
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